橋下弁護士を支持する人々

 9日のたかじんのそこまでいって委員会で橋下弁護士に対する懲戒請求について取り扱っているのを見ました。
 あいかわらず、橋下弁護士の擁護に終始した一方的な番組内容でしたが、それにもましてひどいと思ったのが、この放送を見た人のBlogでの反応です。
 曰く、弁護団死刑廃止運動にこの裁判を利用しているとか、1審・2審で事実関係を争わなかったのに差し戻し審でいきなり争うのはおかしいとか、事実関係もろくに確認しないまま弁護団を非難しているBlogが多すぎます。
 事実関係も、刑事訴訟制度もろくに理解しないまま、市民感情や一般の常識を持ち出して弁護団を非難する姿勢にははっきり言って頭が痛くなります。
 確かに、一般市民から見れば、弁護団の主張には納得がいかないものがあるのでしょう。しかし、被告人が主張する以上は、いかに非常識と思える主張であってもそれに従わざるを得ないのが刑事訴訟における弁護士なのです(弁護士が被告人に言わせているという主張もありますが、それを裏付ける根拠は誰も示していません)。弁護団を非難する人々は、弁護団がどの様な弁護活動をすれば納得するのでしょうか。それを示すことなく弁護団を非難する人に対しては「責難は成事にあらず」という言葉を贈りたいと思います。
 また、弁護団死刑廃止運動にこの裁判を利用しているという人に対しては、一体何を根拠にそのような非難をするのかを伺いたいです。弁護団の中に死刑廃止論者がいることは事実です(ただ弁護団死刑存置論者も存在することに留意すべきです)が、死刑廃止論者が弁護しているというだけで死刑廃止運動に裁判を利用していると非難するのは、あまりにも短絡的な主張といわざるを得ません。

 私は、一般市民がこの裁判に関心を持つのはもっともだと思いますが、それと事実確認も問題となっている刑事裁判についての理解もないまま弁護団を非難することの是非は全く別問題です。
 一般市民であろうと専門家であろうと、公的な問題について公に意見を主張する以上、その主張には責任を伴うことに違いはありません。その主張が他者への非難であるならなおさらです。ろくに調べもしないまま感情にまかせて非難するというのが市民感情であり常識であるというのなら、そのような市民感情・常識などにまともに取り合う価値はありません。