在留特別許可について

 今回の中国人姉妹に対する在留特別許可について、間違った情報に基づく非難が目につくので、私の理解している範囲で反論をしておこうと思います。
1.強制退去命令の取消訴訟について
  批判者の中には、この姉妹が提起した退去命令の取消訴訟について最高裁で敗訴が確定したにもかかわらず、千葉法相が在留特別許可を出したことを以て、「人治主義」とか「法律無視」とか批判する人がいます。
 しかし、これは裁判所において、この取消訴訟で何が判断されたのかを理解していない主張です。
 まず、本件の姉妹は当初中国残留孤児の子孫として在留資格が認められたが、後に残留孤児の子孫であることが疑われ在留資格が取り消されています。このような在留許可のと理消しについて規定する出入国管理及び難民認定法22条の4は「次の各号に掲げるいずれかの事実が判明したときは、法務省令で定める手続により、当該外国人が現に有する在留資格を取り消すことができる。」と規定しており、22条の4各号に該当する場合であっても必ず在留資格を取り消さなければならないわけではありません。同様に退去強制について規定する同法24条も「次の各号のいずれかに該当する外国人については、次章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。」と規定しており、退去事由に該当するものについても必ず退去させなければならないとするのではなく、国に一定の裁量を認めています。
 このように、行政処分について一定の裁量が認められる場合、当該処分の取消が認められるためには、当該処分について裁量の逸脱または濫用があることを要します(行政事件訴訟法30条参照)。従って、本件の姉妹についてなされた退去命令の取消訴訟においても当該命令が(24条各号該当性を前提として)裁量の逸脱・濫用に当たらなければ、退去処分の取消訴訟は棄却されることになります。
 係る取消訴訟においては裁判所は、争点を「退去命令に裁量の逸脱・濫用があったか否か」と設定し、事実認定もその範囲でなすのが通常です。すなわち、退去処分が法務大臣の裁量を逸脱・濫用してはいないが退去処分をしなかった方が妥当だと裁判所が心証を得た場合であっても、裁判所はあくまで「退去命令は法務大臣の裁量を逸脱・濫用したものとはいえない」として取消請求を棄却することになるのであり、国側も当該姉妹も争っていない「国が退去処分をしないことが裁量の逸脱・濫用となるか」または「国が退去命令を出すべきか」について判決の中で判断を下すことは通常ないといえます(本件取消訴訟において裁判所がそのような判断を判決で示したという話も聞きません)。
 このような取消訴訟について最高裁が上告を棄却し、原告姉妹の敗訴が確定した場合であっても、そこで示された裁判所の判断は、あくまで「退去命令に裁量の逸脱・濫用はない」というものであり、その裁量の範囲内で法務大臣がいかなる判断をすべきかという点については前述したような特別の判断が示されていない場合を除いては、判決の効力を問題にする以前に、そもそも裁判所は判断していないことになります。

 以上をわかりやすく説明すると退去命令に対する裁判所の心証としては
(1) 退去命令を出すことが法務大臣の裁量の逸脱・濫用に当たる場合
(2) 退去命令を出すことは法務大臣の裁量を逸脱・濫用しているわけではないが、裁判所としては退去命令を出さない方が妥当だと考える場合
(3) 退去命令を出すことは法務大臣の裁量を逸脱・濫用しているわけではなく、裁判所としては退去命令を出すべきか出さざるべきか判断がつかない場合
(4) 退去命令を出すことは法務大臣の裁量を逸脱・濫用しておらず、裁判所としても退去命令を出さないことが法務大臣の裁量の範囲を超えているとまでは考えないが、退去命令を出すべきだと考えている場合
(5) むしろ退去命令を出さないこと(または在留特別許可を出すこと)が法務大臣の裁量を逸脱・濫用すると裁判所が考えている場合。
の5つのパターンが考えられます。
 しかし、退去処分の取消訴訟で争われるのは?にあたるか否かであって、(1)にあたらない場合に裁判所が(2)から(5)のどの立場をとっているかは(裁判所が判決の中で敢えて言及している場合を除いては)そもそも判断がなされていないということです。
 従って、(1)にあたらないという裁判所の判断と裁量の範囲内で法務大臣が特別在留許可を出すことは何ら矛盾しないのです。

2.在留特別許可について 次に、批判者の中には在留資格が取り消されたにもかかわらず、千葉法相が在留特別許可を出したことが法治主義に反するという人がいます。
 しかし、そもそも在留特別許可について定めた入管法50条が退去強制に対する異議に理由がない場合でも同条各号に該当する限り特別に在留を許可することを認めている以上、在留資格を取り消された、退去強制に対する異議に理由がない場合であっても、それだけで法務大臣の在留特別許可が違法となるとは到底言えません。
 そして、入管法50条が「法務大臣は、前条第三項の裁決に当たつて、異議の申出が理由がないと認める場合でも、当該容疑者が次の各号のいずれかに該当するときは、その者の在留を特別に許可することができる。」と規定していること、及び同条1項4号が「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき。」と規定していることからすると、在留特別許可にあたっては法務大臣にかなり広範な裁量が与えられているといえるでしょう。
 もちろん前述したように、裁量行為であっても、裁量の逸脱・濫用がある場合には在留特別許可も違法となることはあり得ます。そして前述のように裁判所がこの点について判断していないとしても、本件の在留特別許可が裁量を逸脱・濫用しているという主張はあり得るでしょう。
 ただ、その場合なぜ裁量の逸脱・濫用といえるかを批判者の方できちんと論証する必要があります。残念ながら批判者の中にこの点をきちんと主張している方は見つけることができませんでした。

 この点について法務大臣は明確な理由を示していませんが、私は以下のような理由を考慮したのだと考えています。
 (1) 本件姉妹は両親とともに中国残留孤児の子孫として入国した。この点について在留資格の前提となる残留孤児の子孫か否かについて姉妹の両親が詐術を用いた可能性はあるが、少なくとも当時9歳と7歳であった姉妹についてはそのような詐称についての責任はなく、両親について退去させた後にこの姉妹についてのみ在留特別許可を与えたとしても入管行政に支障が生ずるような悪影響が出ることは考えにくいこと。
 (2) 本件姉妹は入国から現在に至るまで、日本で平穏に生活していること。
 (3) 本件姉妹は、それぞれ9歳・7歳の時から日本で生活し日本での生活の方が本国での生活よりも長くなっており、我が国への定着性が認められること。
 (4) 本件姉妹は、いずれも現在大学に進学しており、退去処分がなされれば、学業を途中であきらめなければならず、当人の不利益が大きいこと。
 これらの理由のうち(1)(2)は入国管理局が出している在留特別許可に係るガイドラインのうち、消極要素の(1)(2)に該当しないことに対応し、(3)(4)は積極要素のうちの(4)人道的配慮を必要とする特別な事情があるとき、に対応します。
 すなわち、本件の在留特別許可は、従来のガイドラインに照らしても、十分在留を許可する理由があると考えます。

 また、これまでの政権では本件と似たような事例において在留特別許可が出ていなかったことを挙げて、裁量権の逸脱・濫用を主張する方もみえるようです。しかし、政治家である法務大臣に広範な裁量が認められる以上、政権交代により、従来と考え方の異なる者が法務大臣として在留特別許可を出したとしてもそのことだけを取り上げて裁量の逸脱・濫用とすることはできません。このような主張を認めれば、政権交代があっても法務大臣は従来の法務大臣の価値判断に拘束されることになりますが、これは政治家である法務大臣に広い裁量を認めたことと矛盾するでしょう。
 このような広い裁量を認める以上、政権交代前に在留特別許可を出されなかった者と、政権交代後に在留特別許可を出された者との間に不平等が生じたとしても、同様の理由からそれだけで裁量権の逸脱・濫用とはならないでしょう。

 また、在留特別許可について運用を変えるのであれば、その前にガイドラインを改定し、裁量基準を明確にすべきであるという主張もあります。確かに、法務大臣の裁量行為についても、判断の明確性を担保するために事前にガイドラインを策定しておくことが望ましいといえますし、うんようを変える場合にはガイドラインの改定をすることが望ましいといえるでしょう。しかし、本件について見ると前述のように従来のガイドラインによっても十分在留特別許可を出せる事案であったこと、政権交代後間もないことからガイドラインの改定が間に合わなかった可能性があることを考慮すると、ガイドラインの改定を行わずに在留特別許可を出したことが不適当であるとはいえないと思います。